ファフロツキーズ現象

空からカエルや魚が降り注ぐ「ファフロツキーズ現象」の謎


2009年6月、石川県でオタマジャクシが空から降ってきたのをきっかけに、北は東北から南は九州まで、全国各地で短期間のうちに同様の現象が確認され、話題を集めた。古来から記録に残されているこの怪現象は、なにが原因で起こるのか?

▼目次
半月にわたって日本各地でオタマジャクシが落下
世界では何万匹ものヒキガエルが降り注いだ例も
当時の専門家は奇妙な現象をどう考えたのか

半月にわたって日本各地でオタマジャクシが落下

2009年6月5日付の「北國新聞」(朝刊社会面)に、次のような見出しが掲載された。
「オタマジャクシ降ってきた ざっと100匹超常現象?」
事件の舞台は、石川県七尾市にある中島市民センターの駐車場である。
2009年6月4日の16時ごろ、駐車場で作業をしていた職員のM氏(52)が、「ペタペタ」という奇妙な物音を聞く。振り返ると、地面に黒いものが落ちていることに気がついた。
当時の記事でM氏はこう証言している。

「振り向くと黒いものが落ちてきてん。見たらオタマジャクシやし。ざっと100匹はおったろう」
調べたところ、約300平方メートルにわたって、体長2〜3センチのオタマジャクシが、車のボンネットや駐車場に広がっていた。
落下の衝撃か、多くがつぶれて息絶えていたという。
ほかにも「ペタペタ」の音を聞いた人が現場周辺に何人もいた。

「北國新聞」2009年6月5日付
2009年6月5日付の「北國新聞」

記事内では、専門家にコメントを求めている。
「周辺で竜巻などが発生したとは考えられない」(金沢地方気象台)
「どうやらトノサマガエルのオタマジャクシ」(県両生爬虫類研究会代表)
オタマジャクシが本物であることは間違いなさそうだが、なぜ空から降ってきたのかは不明という、想定内の結論で記事は終わっている。

想定外のことが起こったのはこれからだ。
この報道をきっかけに、全国各地で突如、空から生物が降ってきたとの報道が相次いだ。以下に列記してみよう。

  • 2009年6月7日「北國新聞」〜「白山市でもオタマジャクシ降る? 中島に続き、深まる謎」 6月6日午前7時頃、石川県白山市徳丸町、約30匹
  • 2009年6月10日「毎日新聞」〜「オタマジャクシ:空から大量に 石川で奇妙な現象相次ぐ」6月4日午後4時頃、石川県七尾市中島町、約100匹。
  • 2009年6月12日「共同通信」〜またオタマジャクシ70匹 石川県の七尾市と輪島市」6月11日午後1時頃、石川県七尾市矢田町、2匹/同県輪島市二ツ屋町、約70匹。
  • 2009年6月15日「朝日新聞」〜「オタマジャクシ散乱、広島でも民家の庭などに13匹」6月15日午前8時頃、広島県三次市十日市東、約13匹
  • 2009年6月16日「毎日新聞」〜「オタマジャクシ:空から、また 浜松で干からびた40匹、学校テニスコートに」 6月13日午後7時頃、静岡県浜松市中区、約40匹。
  • 2009年6月17日「産経新聞」〜「久喜でもオタマジャクシ? 庭などに30匹以上散乱」 6月16日午後1時頃、埼玉県久喜市、約30匹
  • 2009年6月17日「信濃毎日新聞」〜「須坂でも空からオタマジャクシ? 日野小校庭に40匹」 6月15日朝、長野県須坂市塩川、約40匹/6月16日午後4時頃、宮城県大崎市、約20匹/6月16日夕方、鹿児島県伊佐市、約24匹
  • 2009年6月17日「中日新聞」〜「オタマジャクシ、愛知・知立でも降った?」 6月16日午前8時頃、愛知県知立市長篠町、約25匹
  • 2009年6月17日「読売新聞」〜「紫波でもオタマジャクシ15匹」 6月13日午後6時頃、岩手県紫波町片寄、約15匹
  • 2009年6月18日「毎日新聞」〜「オタマジャクシ:今度は福井で30匹」 6月17日午前6時頃、福井県鯖江市水落町、約30匹
  • 2009年6月19日「秋田魁新報」〜「能代でもオタマジャクシ 会社員宅の駐車場に30匹」 6月15日午前7時20分頃、秋田県能代市向能代、約30匹
オタマジャクシ事件は全国に拡大した

東北から九州まで、短期間の間に集中して空から生き物が降っている。
主要な落下物はオタマジャクシだが、石川県中能登町ではフナの稚魚14匹が庭先に落ちているのが見つかっている。

石川県中能登町に降った「フナ」の写真

これらの現象は、半月ほどの間、集中的に全国で見られたのち、パタリと止んだ。
なぜ、生き物が空から降ってきたのか。どのようなメカニズムで起こったのか。そもそも、なぜオタマジャクシなのかなど疑問は尽きないが、明確なことは誰にもわからない。

日本では古くからこのような「生物落下現象」が起こっている。
江戸時代中期に編纂された百科事典「和漢三才図会 第3巻 天象類」内で「怪雨(あやしきあめ)として、「中国で魚が降った」「日本でも綿のようなものが降ってきたことがある」「元禄15年(1702年)9月には、なんの毛でできたものか不明だが、綿や布が降ってきた」との記録がある。

「和漢三才図会 第3巻」内「怪雨」の項

世界では何万匹ものヒキガエルが降り注いだ例も

世界に目を向けると、同様の記録は枚挙にいとまがない。
最近の例では、2018年6月、中国山東省青島市において、強風を伴う雷雨とひょうが降るなか、タコやヒトデ、アワビやエビといった魚介類が降ったと報道されている(出典:中時電子報

2018年に中国で降ったとヒトデ、エビの写真

これらの現象を「ファフロツキーズ現象」と呼ぶ。
「その場にあるはずのないもの」が空から降ってくる現象を指し、超常現象研究家アイヴァン・サンダーソンが「falls from the skies」(空からの落下物)を略して造語した。

世界の事例をもう少し見てみよう。これらの現象が、嘘やでっち上げではないことの証明の手助けになるかもしれない。
1973年9月24日付「ザ・タイムズ」紙は、その前日、フランスのブリニョル村に「不思議な嵐」が起こったと報じている。
降ってきたのは、何万匹もの小さなヒキガエル。同紙は「竜巻が原因だろう」と推測した。

オラウス・マグナス著「北欧諸国史」(1555年刊行)内の挿絵


また、1922年9月には、フランスのシャロン・シュル・サオンで、2日間にわたってヒキガエルが降り続けている(1922年9月5日付「デイリー・ニュース」紙)。
イギリスのノーフォーク地方、ブリックリング会館に保管されている手紙(1686年10月24日付)には、「ノーフォークに大量のカエルが降った。(中略)あまりの生臭さに閉口した居酒屋の店主は、シャベルですくって焚き火で燃やしたり、空き地に捨てたりした」との記述がある。
数十匹という規模ではなく、何万匹ものカエルが降っていることが分かる。
翌日、カエルの姿は跡形もなくなくなっていたという。

18世紀ルーマニアのトランシルヴァニア地方で魚が大量に降った事件を報じる挿絵

古くは1世紀ローマの博物学者、ガイウス・プリニウス・セクンドゥスの記録にまで遡る。ベトナムの古い歴史所にも記載がある。4世紀にはアテナエウスが、その著書「食卓の論客」内で同種の事例を年代順に記録している。
これらの記録では、「ギリシャでは3日間にわたって豪雨のように魚が降った」「大量のカエルが降り続け、入口のドアが開かなくなったり、道路が寸断された。悪臭が何週間にもわたって町民を悩ませた」と、その凄絶な様子が語られている。

1918年に空からうなぎが降ったことを報じる記事(右)とアメリカにヒキガエルが降ったことを伝える記事(左)

当時の専門家は奇妙な現象をどう考えたのか

中世の人々は、これらの現象が、地中に眠っていたカエルや魚の卵がにわか雨によって一気に孵化し、地上に姿を現したと考えられ、一般に信じられていた。
中世になると、この説に異論を唱える者が出てくる。
16世紀の植物学者、ジェローム・カルダンは「竜巻が山に住むカエルを吸い上げて、平地に雨とともに降らせるのではないか」と仮説を立てた。
これは、現在の原因推測にも共通している。
だがこの場合、竜巻は魚やカエルだけを吸い上げて運び、別の場所に降らせていることの説明にはなりづらい。
実際、2009年の「オタマジャクシ騒動」でも、オタマジャクシだけ、小さなフナだけが固まって降っている。
池や沼には、多種多様な生物が棲息しているはずだ。竜巻なら、一気に他の種類の生物も巻き上げ、落下させるはずだ。

その他にも疑問は残る。
2009年6月4日、オタマジャクシに気がついたM氏は、駐車場で作業をしていた。雨も雪も降っていなければ、ましてや竜巻も起こっていない。
念の為、当日の金沢市の天気を調べてみても、午後から曇り空だったようだが、雨は降っていない。

goo天気の「2009年6月4日の金沢市の天候」

降った魚は「鳥が吐き出した」と説明する人もいるが、専門家は否定的だ。

いしかわ動物園(同県能美市)の飼育主任、Tさん(※新聞記事内では実名)によると、サギやカモはオタマジャクシやフナをよく食べ、カラスや人間が近付くと驚いて吐き出すことがあるという。だが「大量に吐くのは地面などに止まっている時だけ」と話し、「鳥説」には否定的。

「北國新聞」2009年6月5日付

中世では「地震説」を主張する人もいた。
1861年2月にシンガポールでのある地区一帯に、その地方特産のナマズが大量に降った。
地元の住民たちは「空から降ってきた」と主張したが、その現象を直接目撃していなかった、19世紀の博物学者のカステルノ伯爵は、事件の5日前に起こった地震が原因と主張して譲らなかった。

現象自体を全否定する科学者もいる。
19世紀の科学者、アレクサンダー・フォン・フンボルトは、「生物が降るという話は中世の伝説に過ぎない」と一刀両断した。
そのフンボルトが、南アメリカで「ゆでられた魚」が地表に落ちる現象に出くわした。
その原因について彼は、「近くにある火山が原因だろう」と述べるにとどまった。

1859年2月11日、イギリスの南ウェールズ地方で最長13センチの小魚が雨のように降り注いだ。
そのサンプルは大英博物館に送られ、ジョン・エドワード・グレイ博士が分析したところ、ヤナギバエの一種であることが分かった。

ヤナギバエ


グレイ博士は、地表に魚がいたことは認めたものの「空から降ることはない。誰かのいたずらだろう」と述べている。

ジョン・エドワード・グレイ博士

これらの「常識的な」説とは一線を画した、原因を想定した人もいる。
19〜20世紀の超常現象研究家、チャールズ・フォートは、著書内で「大気圏藻海説」を唱えた。
この藻海は大気圏の上層部にあり、地球からの物体を一部保管しておき、時折雨のように降らせるという。
突拍子もないと一刀両断に切り捨てるのはかんたんだ。
では、このようなケースはどう説明すればいいのだろう。

1921年11月、イギリスのサセックス地方での出来事だ。
住民が穴を掘り、水を張った。すると、翌年の5月には鯉が群れをなして泳いでいた。
アメリカのメリーランド州でも同様の現象が報告されている。
ある日、雨が降り、農夫が作った堀に水が溜まった。見ると、雨水のなかにスズキが悠々と泳いでいた。
まるで、池や沼には魚がつきもの。ゆえに、池や沼が自力で魚を呼び込んだように思えなくもない。
フォートはこれらを例に出し、「本来は藻海から池や沼に降らせる予定だった生き物が、地表に落下してしまったいわば誤爆」と、ファフロツキーズ現象について説明している。

フォートの説に全面的に賛同するのは難しいかもしれない。
しかし、竜巻や鳥に原因を求めるのも説得力に欠ける。
超常現象を信じる人々が、テレポーテーションに原因を求めたくなる気持はよく分かる。
少なくとも、21世紀の現在ではこの現象の原因は分かっていない。

参考文献:「怪奇現象博物館 フェノミナ」J・ミッチェル/R・リカード著、北宋社刊