後年、アメリゴ・ヴェスプッチによって「アメリカ」と名付けられる新大陸は、1492年にコロンブスによって発見されるまで、誰も外部からたどり着いていなかったとされている。
しかし近年、その常識を打ち破るかもしれない研究が進められているという。
きっかけは古代エジプトのミイラだった。
分析の結果、ミイラの主たちは生前、タバコを吸ったり麻薬を使ってハイになっていたりした可能性が出てきたという。
▼目次
ミイラを包む布から「タバコの葉」が見つかった
詳細な分析を繰り返しても現れる同様の結果
ミイラから検出されたニコチンが示す「新しい歴史」
ミイラを包む布から「タバコの葉」が見つかった
パリの自然史博物館のミシェル・レスコット博士は、ある日、送られてきたエジプトのファラオ、ラムセス2世のミイラを調べていた。
詳細な分析を進めていくうちに、レスコット博士の予想を裏切る結果が現れた。
電子顕微鏡でミイラを包んでいた包装布のサンプルを観察したところ、繊維にタバコの葉の粒が付着しているのを発見したのだ。
「だからなんだ」と言うなかれ。ラムセス2世が生きていた時代、タバコはアメリカ大陸にしか自生していなかった。
常識的な歴史観に則って考えれば、エジプト人はタバコなんていうものが存在することさえ知らなかったはずだし、エジプト人のみならず、何千年も後の1492年にヨーロッパ人によってアメリカ大陸が発見されるまで、他の誰も存在を知らなかったはずなのだ。
では、なぜ古代エジプトのミイラにタバコがついていたのだろう?
当時、この発見は好奇心を刺激されはするものの、他の研究者たちにはほとんど無視された。
不注意な学芸員や考古学者による「汚染」とみなされたのだ。
この現象が再び脚光を浴びるようになったのは、数十年後のことだった。
詳細な分析を繰り返しても現れる同様の結果
1992年、ドイツの都市ウルムの法医学研究所に務める毒物学者、スベトラ・バラバノヴァ博士は、ラムセス2世のミイラの分析を開始した。
彼女はレスコット博士による驚くべき(そして忘れられた)発見が持つ可能性に興味を持ち、再調査を決意したのだ。
レスコット博士の轍を踏まないよう、今度はミイラ組織の奥深くからサンプルを採取することにした。「外部からの汚染だろう」という非難を避けるためだ。
バラバノヴァ博士は、ファラオの腸管からサンプルを抽出、徹底的に分析した。
その結果、細胞から微量の大麻、コカイン、ニコチンの成分が検出される。
検査をミスしている可能性がある。注意はしたが、それでもサンプルが汚染されてしまった可能性もある。バラバノヴァ博士は繰り返しテストを行った。そして、やはりそのつど同じ結果が出た。
バラバノヴァ博士は、さらに9体のミイラを取り寄せて、放射免疫測定とガスクロマトグラフィー(※醸造、香料、油脂、石油化学等の分野で広く用いられる機器分析の手法)による分析を行った。
検査したミイラの中には、紀元前1000年頃のものも含まれており、テーベのアメン神殿にいたヘナット・タウイという巫女と聖職者のミイラも含まれていた。
分析の結果、すべてのミイラの髪の毛、軟組織、骨の中から、コカインやニコチンの痕跡が検出された。さらにコカインとニコチンの代謝の痕跡も見つかった。
アメリカ大陸にしか自生していなかったはずの、タバコや、コカインなどを、古代エジプト人が使っていた?
ということは、3000年前にはすでに彼らが新大陸への航海に成功していたということか?
バラバノヴァ博士はこの調査の結果を「First identification of drugs in Egyptian mumies」という論文にまとめている。
ミイラから検出されたニコチンが示す「新しい歴史」
バラバノヴァ博士の論文は学会で見向きもされなかったが、その内容に興味を持った学者たちが集まってきた。
彼女の行った実験は、別のチームによってさらに繰り返された。
その結果、さらに、大麻を使用していた可能性が高く、ニコチンとコカインを摂取していたことが改めて判明した。
バラバノヴァ博士はこの「異常なテーマ」について研究を続け、何十体ものミイラを調査した結果、調査したうち78%のミイラにコカイン使用の痕跡があることが分かった。
やはり、コロンブスに遡ること数千年、エジプト人は大西洋横断の航海をしていたのだろうか?
しかし、そうではない可能性は多々ある。
ひとつは、コカインやニコチンの「偽陽性」と誤認される他の物質が、検査で検出されているのではないか、という可能性だ。
たとえば、ソラマメ科の植物とベラドンナと呼ばれる別の植物のにはアルカロイドが含まれる。
これらを合成すればコカインを含む植物と同じ代謝物の物質を生成することができるし、先述の2種類の植物は、ともに古代エジプトで広く活用されていた。
また、アフリカにはコカインを含む植物と同じ属内の植物も自生していた。
懐疑論者は、この成分が体内から検出されているのではないかと指摘する。
ニコチンについても同様だ。
ニコチンを含む植物はタバコだけではなく、トマトやナスにも少量含まれている。
ミイラから検出されたニコチンは、アフリカに自生する「ニコチアナ・アフリカ」と呼ばれる植物に由来する可能性がある。
この植物には平均2%のニコチンが含まれており、多量に摂取すると、陽性反応が出るほどの高濃度になるケースもある。
また後年、タバコが世界に広く普及後、ミイラの近くで誰かがタバコを大量にふかしていたり、ニコチンを含んだ殺虫剤をミイラやその周辺で散布した結果、ミイラに付着した可能性もゼロではない。
エジプト人が新大陸に進出していたという仮説には、他にも反論が寄せられている。
ひとつは、エジプト人がそこまでの大航海に耐えうる船を持っていた証拠が残っていないという点。
もう一つは、それほどの規模の大航海をしたにも関わらず、叙事詩的な旅の記録が残っていない点だ。
古代エジプトには多くの古文書が残っている。にもかかわらず、大西洋横断の航海に関する記録はひとつもない。
もし、本当に新大陸を見つけていて、海を渡って航海に成功していたのに記録に残していないのだとしたら、そんなに大変なことを彼らは取るに足らないつまらないこと、言及する価値すらないことと考えていたことになる。
古代エジプト人は、高度な航海技術を持っていた。
彼らは日々の生活で、ナイル川を上ったり下ったりしている。
国内だけではなく、プント国との交易では、金や香料はもちろん、ときには奴隷や野生動物もやり取りしていたし、その他の場所への旅を描いた壁画も残っている。
しかし、川の航行や海岸沿いを進む海上航行と、大陸間を往く大航海では次元が違う。古代エジプトの遺跡からは、多くの船やはしけの残骸が出土しているが、それらはすべて、川の航行や地中海や紅海近辺までの「小旅行」以上に耐えうるものではないのは明らかだ。
ミイラから検出されたニコチンの謎は堂々巡りを続ける。
これは単なる誤認識、偽陽性の結果なのだろうか?
それともトリックでもあるのだろうか?
古代エジプトの人々が、タバコやコカインを持ち帰るためにアメリカ大陸に渡ったという考えは、主流の考古学者たちにはほとんど無視され、不可能とみなされ、その説はほとんどの場合、周辺部に追いやられている。
しかし、ミイラの中からこれらの物質が発見されたことに対する完全な答えはまだ出ていない。
確かなことを知っているのはミイラである彼らだけであり、残念ながら彼らは口をつぐんでいる。