さあゴールデンウィークだ。しかし、2020年は新型コロナウイルスの影響で、どの自治体も「うちには来てくれるな」とつれない言葉。せっかくの連休も「お家で過ごそう」とステイホームの真っ只中だ。せっかくのお休み、どっぷり怪談に浸りたい。そんなあなたに、AmazonPrimeで公開されている「怪奇蒐集者(コレクター)」シリーズがおすすめだ。
▼目次
村上ロック氏 現代実話怪談界が誇る最高峰の語り手
西浦和也氏 技術の稚拙さは豊富かつ多様な心霊体験でカバー
安曇潤平氏 山岳怪談のオーソリティが語るリアリティ豊かな怪談
三木大雲氏 最高峰の技術と最高峰のネタを併せ持つ「怪談和尚」
城谷歩氏 古来の技術を実話怪談に移植した異端児
まとめに替えて:現代実話怪談語り考
実話怪談を語り手が語るスタイルが大ブームだ。
小さなセットと話者が入れば成立するため、低コストで作れることもあり、「実話怪談倶楽部」(フジテレビワンツーネクスト)、「怪談のシ〜ハナ聞かせてよ。」(エンタメ~テレ)といったテレビ番組や、北野誠が司会を務めるラジオ特番「北野誠の茶屋町怪談」などが大人気となっている。
そんななか、実話怪談の作家やタレントが自ら体験・蒐集した怪談を語るシリーズ「怪奇蒐集者」シリーズが、AmazonPrimeで大量に公開されている。
いずれも実話怪談界では名だたる人たちがズラッと勢揃いしてはいるが、「聞くに堪える」作品はそれほど多くない。
ここでは、語られている怪談のネタ、語り手の技術どちらも優れた作品5つを選りすぐってご紹介しよう。
「どれから観ていいのか分からない」というあなた。ぜひ、ここから観てみてはいかがだろうか。
村上ロック氏 現代実話怪談界が誇る最高峰の語り手
「怪奇蒐集者」シリーズでもっともおすすめなのは、この村上ロック氏だろう。
俳優として活動を続けながら、怪談師として新宿歌舞伎町の怪談ライブバーで人気を集めている。
村上氏をおすすめする最大の理由は、俳優修業の際に身に着けたのであろう、その見事な発声と、怪談ライブバーで日々客前で怪談を披露しているがゆえに磨かれた、秀逸な構成力にある。
これはオプションに過ぎないが、全盛期の鳥肌実を彷彿とさせる耽美的なルックスも、その怪談に華を添えている。
では、実際に語られている怪談の質はどうなのか。
これもまた面白い。
「怪奇蒐集者」内では、5つの怪談が語られているが、聞いていて時間があっという間に過ぎてしまう。
過剰な演技、意図的に怖がらせようとする表現や表情、大声といった小手先のまやかしに頼ることなく、淡々と、ネタと構成と自身の表現力だけを武器に語られる純粋な怪談を、ぜひお楽しみいただきたい。
収録されている作品と、概要についてまとめておく。
■収録内容
・お笑い番組:小学生の同級生の一家に隠された怪異
・光る目:実家で経営する保育園で起こった不思議な体験
・跡地:歴史的大事件の跡地で起こった怪現象
・怪奇列車:北海道のペンションオーナーが体験した話
・団地の記憶:隣人の飛び降り自殺を目撃した人が体験した怪異
どの怪談も構成力、ネタ、話しっぷり、そのいずれもが一級品だが、白眉はやはり「団地の記憶」だろう。
都内の団地で起こった話とのことだが、精神的に不安定な女性が飛び降り自殺をしてしまう。
その模様を目撃した男性が、後日、幼馴染とその出来事について語り合うのだが……と、ここからは実際にご覧いただきたい。
西浦和也氏 技術の稚拙さは豊富かつ多様な心霊体験でカバー
実話怪談ブームの火付け役となった「新耳袋」シリーズ、後期のネタ元としても知られる、西浦和也(にしうらわ)氏が、蒐集した怪談を自ら語る模様を収録している。
西浦和氏は、発声の訓練を受けているわけでも、舞台上で発表することを想定して怪談を構成しているわけでもなく、誤解を恐れずに言えば、「語る」という面において格別優れているわけではない。
聞き取りづらい場面もあるし、状況をイメージしづらい部分もある。
それでもなお、西浦和氏をおすすめする理由はただ1点、その膨大な数の怪談・怪奇現象の取材数から厳選されたよりすぐりのネタが収録されている点だ。
■収録内容
・爪の泥:予備校生から聞いた奇妙な話
・青い家:埼玉県の某幽霊屋敷の話。写真あり
・相乗り:九州のタクシー運転手の話。オーソドックスなタクシー怪談に一捻り
・闇:中学校の林間学校での恐怖体験
・猫の声:マンションの部屋内から聞こえる猫の声の謎
・ホテルの怪談:「新耳袋殴り込み」でも取材したホテルの怪異
個人的には西浦和氏の怪談でもっとも恐ろしいと思っている「獄の墓」が収録されていないことが不満ではあるが、どの怪談も粒ぞろいだ。
特におすすめは「青い家」。オカルト特有の不条理な恐怖が、じわじわと訪れる。
惜しむらくは、西浦和氏はカメラに向かってひとり語りをするよりも、客前で、誰かもうひとり聞き手を配した上で、その聞き手と客に向かって話をしていくスタイルのほうが向いている。
「青い家」も、他の場所で幾度となく語られている名作だが、本作に収録されているバージョンはそれらと比べると、臨場感にやや欠ける。
それでも「面白い」「怖い」と思わされるのだから、この怪談のクオリティの高さに驚かされる。
「青い家」にまつわる、西浦和氏が自ら取材時に撮影した写真も収録されている。
鳥肌が立つこと間違いなしだ。
安曇潤平氏 山岳怪談のオーソリティが語るリアリティ豊かな怪談
実話怪談ブームの中で「山の怪談」という、独自のスタイルを築き上げた安曇潤平氏も、自身の著作から名作をピックアップし、本人の口から語っている。
安曇氏も、人前で話をすることを生業としているわけではない。
そのため、決して語り自体は上手ではない。
だが、若い演者にありがちな、過剰な演技や過度な演出を一切加えず、海千山千の経験を乗り越えてきた年輩の男性ならではの語り口で、とつとつと語る怪談は、説得力がずば抜けている。
付け加えると、語りを想定してのことではなく日頃からそうなのだと想像されるのだが、腹式呼吸を基にした発声のため、素人ながら聞きやすい。
余談だが、筆者は女性に怪談語りは向いていないと思っている。
女性は基本的に腹式呼吸で腹から声を出すことができず、喉から発声してしまうため、声がキンキン響いて怪談が持つ風情や空気感を作れない。
怪談とキンキン声は絶望的にマッチしない。
女性が怪談を語ろうとするならば、まずは腹式呼吸の習得は最優先。そして、大声や悲鳴を使わずに怪異を表現する構成力を身に着けてからにしてほしい。
閑話休題。
安曇氏は、質の高い「山の怪談」を、大人の男性の落ち着いた声で、淡々と語る。
聞いているうちに、スタジオで収録された映像作品であることを忘れて、まるで山小屋や古い民宿の囲炉裏の前で、主人から怖い話を聞かせてもらっているような気にさせられる。
■収録内容
・アタックザック:テント設営中に見かけたアタックザック。違和感をおぼえるのだが…
・赤いヤッケの男:同じ山好きの父から聞いた怪異
・ゾンデ:雪崩に巻き込まれた埋没者捜索時の出来事
・花いちもんめ:友人が北アルプスで体験した怪異
・金縛り:恐怖の金縛り体験
・真夜中の訪問者:テントを張った場所には……
「赤いヤッケの男「ゾンデ」どちらも、山の怪談の最高峰ともいえる作品だ。稲川淳二氏による傑作怪談「ビバーク」に匹敵する名作と言っていい。
ぜひじっくりと楽しまれたい。
三木大雲氏 最高峰の技術と最高峰のネタを併せ持つ「怪談和尚」
怪談和尚として、執筆にテレビにラジオにと引っ張りだこの名物住職は、「視える」「感じる」「匂う」の三能力を駆使し、自ら怪異を体験して集めた実話怪談が人気だ。
本職の住職だけに、とにかく発声が見事だ。
加えて、「あー」とか「えー」といった無駄な言葉を挟むことなく、頭からお尻まで一貫して完成された見事な構成で聞かせる。
内容ももちろん充実している。
「いくらなんでも、それはご都合主義すぎやしないか」と感じるエピソードがないでもないが、聞き終わった後に「良い怪談を聞いた」と満足できる充実感が残る。
最大の理由は、なにが起こっているのか、体験者がどんな状況にあるのか、聞き手が簡単に脳内で映像として再現できる、表現力にある。
未熟な語り手にありがちな、悲鳴を上げる、大声を出す、変顔をするといった小細工を弄することなく、丁寧な言葉選びと適切な抑揚の付け方で表している。だからこそ、聞き手は余計なストレスを感じることなく、怪談に没頭できるのだ。
■収録内容
・レンタル彼女:逢うたびに贈り物をくれる男性が隠していた企みとは…
・鏡:祈祷が効かないと文句を言う男の自宅を訪ねると…
・ノック:心霊スポットを訪れた男性が体験したかいい
・行方不明:殺人があった廃屋から男の子が姿を消した
・助けて…:偶然、追突事故に出くわした依頼者の体験談
・におい:書店で偶然見かけら男性から感じた異臭
※途中、松原タニシ氏を迎えた松原氏とのエピソードトークもあり
どの怪談もレベルが高いが、「死の匂い」を嗅ぎ分けることができるという三木氏が体験した(という)、「におい」が白眉か。
本作以外にも多くの場所で語られている話で、ところどころ論理が破綻しているきらいもあるが(男性が読んでいた本は消えた瞬間どうなったのか、周囲の人は三木氏をどう見ていたのか等)、実話怪談ならではの不思議なムード、奇妙な肌感覚を味わえる。
小細工なしのガチンコ怪談を楽しみたいなら、本作がおすすめだ。
城谷歩氏 古来の技術を実話怪談に移植した異端児
落語、講談といった日本の伝統芸能の語り口を怪談に移植した……いや、もともと落語にも講談にも怪談噺は古くから存在した。
現代の実話怪談の語りに、伝統の怪談噺のエッセンスを多分に盛り込んだことで、逆に新鮮さを生み出しているのが、城谷歩氏だ。まさに、温故知新と言っていい。
城谷氏も村上ロック氏同様、怪談ライブバーで語りの技術や表情などの表現力、そして客を喜ばせる質の高い内容に磨きをかけた語り手だ。
これまで、上がったステージの数は1万回を超すという。
「語り」というのは一見、誰にでも簡単にできると誤解されがちだ。
かつて、ルックスに自信がなく、学生生活に馴染めない女子中高生が、声優を目指して挫折するケースが多々あった。
今ではアイドル並みの容貌が求められる声優も、昔は、声優ならば人前に顔を出さずにすむために、○○でもなれると誤解されていた。そして健康な体を持っていれば誰でも日本語の発声はできる。そのため、安易に目指して失敗する。
しかし、第三者に向かって「語る」というのは、並大抵のことではない。
スティーヴ・ジョブズの登場以来、一般にもプレゼンテーションの重要性が認知されたが、頭の先から足の爪の先までの動きのコントロールと、話す内容の構成が整わない限り、高度な説得力のある「語り」はなし得ない。
城谷氏が、現在のスタイルにたどり着くまでに、どれほどの努力と練習を重ねてきたのか、一見するだけで分かる。
日本の実話怪談が持つ、湿った空気感、体験者の感じた恐怖、置かれている状況や雰囲気を、どっぷりと楽しめる。
■収録内容
・お風呂にまつわる噺:古い屋敷に現れた怪異
・日本人形にまつわる噺:幽霊を信じていなかった初老の男性の体験談
・隙間:母娘に忍び寄る得体の知れない恐怖
総収録分数82分で、本数は3本。
丁寧に作り込まれているがゆえに、1話が長くなってしまっているのが難点か。
まとめに替えて:現代実話怪談語り考
怪談を語るのは容易ではない。
聞き手に恐怖を感じさせるだけの質の高いネタ、そのネタも、語り次第ではぶち壊しになってしまう
今回ご紹介した語り手たちは、いずれもずば抜けて面白いネタを持ち、高い技術を持つ語り手はその技術でさらに恐怖を増幅し、語りの訓練を受けていない人はそのキャラクターと蓄積してきた背景で、それぞれの怪談を表現する。
ネタというメインディッシュをどう料理するのか。
ネタ×料理法=怪談語りの質
この数式に異論を唱える怪談ファンはいないだろう。
どちらかがゼロまたはマイナスでは、掛け算したときに合計もゼロまたはマイナスになってしまう。
怪談の語り手はプロアマ問わず続出しているが、この数式でプラスになる語り手はまだまだ少ないと感じる。
そのなかで、今回ご紹介した5人はいずれも優れた語り手だ。
ぜひどっぷりとその「怪談の世界」を楽しんでほしい。