釣り人は見た

「海の釣り場」にまつわる心霊スポット3選


雑誌「つり人」や「Basser」「FlyFisher」など、海釣りからルアー、フライフィッシングまで、ありとあらゆる釣りの楽しみを伝える専門出版社つり人社。ここから、実在の釣り師が実名で(一部仮名もあり)、釣り場で出会った怪異を語った実話怪談の名著「釣り人は見た」シリーズが全3巻発行されている。ここでは、シリーズ1巻と2巻の名作だけを集めた「水辺の怪談最恐伝説」から、海の釣り場にまつわる怪異3本を紹介する。

▼目次
瀬戸内海に浮かぶ津和地島での怪異
伊豆大島の釣宿での怪異
断崖絶壁の三段壁での怪異

瀬戸内海に浮かぶ津和地島での怪異(愛媛県松山市)

神奈川県で釣具店を営む浜田直樹氏の体験が「釣り人は見た 水辺の階段 最恐伝説」に掲載されている。
1982年8月、浜田氏が当時15歳のころの出来事だという。
場所は、瀬戸内海の真ん中に浮かぶ、愛媛県忽那七島のひとつ、津和地島。
愛媛県、山口県、広島県の中間に位置するこの島は、魚の宝庫として知られる。
島民のほとんどが漁業に従事する漁民の島として知られるこの島だが、当時はまだ本土との連絡が不十分なこともあり、訪れる釣り人の数はそれほど多くなかったという。
浜田氏は親戚が津和地島に住んでいたこともあり、すでに釣りに夢中になっていた少年自体の彼は、四国本土から連絡船に乗り、泊まり込みで釣りに訪れていたという。
そして迎えた1982年の夏。この日も浜田氏はひとり、釣り道具とクーラーボックスを持って連絡船に乗り込んだ。

津和地島の海(愛媛県公式HPより)

島に降り立つと、いつものように”大おばあさん”が桟橋で私を出迎えてくれた。
(中略)
「よう来たのう。また釣りに行くんかい。ほやけど明後日は送り火の日やけん、釣りには絶対に行かれへんよ。地獄の釜も開いているけんのう」
家への道すがら、大おばあさんはそんな迷信じみたことを言った。

「釣り人は見た 水辺の階段 最恐伝説」

この日は8月13日。お盆の真っ最中だった。
その日の晩、島では集落の前の海辺に迎え火を焚き、ご先祖様を出迎えていた。
盆踊りが行われ、海の幸もふるまわれた。目の前を故人たちの生前の写真が通り過ぎていく。
目の前に広がる漆黒の闇と対岸の島々で焚かれたまばゆい炎が対比し、幻想的な光景が広がっていたという。
翌14日、さっそく浜田氏は朝から津和地島の島浦に位置する「宮ノ鼻」の砂浜でシロギス釣りを行った。20センチほどのシロギスが大漁だったという。

迎え火の一例

大おばあさんに釣果を自慢すると、喜んでくれるかと思いきや、「お盆に殺生するのはええことじゃないけん」と眉をひそめられた。

「釣り人は見た 水辺の階段 最恐伝説」

そして迎えた8月15日の夕方、ふたたび釣り場へと足を運び、シロギス釣りを楽しむ。
夢中になって釣りを続けているうちに、時刻は午前0地を回っていた。

目に見えるのは沖に浮かぶ流児島の島影だけだ。
大潮の引き潮のウネリがゴウゴウと音を立てていた。
本来は怖がりな私がこのときはなぜか闇に紛れてついうとうとと眠ってしまった。

「釣り人は見た 水辺の階段 最恐伝説」

眠りに落ちた浜田氏は夢を見る。
引き潮のウネリのなかに、地獄の釜がポッカリと開いている不気味な夢だ。
ウネリのなかに人影がどんどんと吸い込まれていく。
そのなかに引きずり込まれまいと、必死に抗う人影も見える。

これは夢だと私は悟った。
しかし、意識は覚醒しているのに目が開けられない。金縛りだ。
(中略)
金縛り状態からハッと目を覚ました私は、氷水のような冷たい汗をかいていた。
安堵したのも束の間、今度はなにか生温かいぬらりとした感触が足首に伝わってきたかと思うと、ふくらはぎの間をギュッと掴まれた。

「釣り人は見た 水辺の階段 最恐伝説」

恐れおののいた浜田氏は、釣り道具を持ち帰るのも忘れて駆け出した。
集落についたときにはすでに送り火の儀式は終わり、辺りには闇が広がっていたという。

送り火とは、お盆の行事の一つで、お盆に帰ってきた死者の魂を現世からふたたびあの世へと送り出す行事である(対義語は迎え火)。
この行事は日本各地で行われており、規模もやり方もさまざまだ。
大規模なものでは、京都の五山送り火や奈良の高円山大文字送り火がよく知られている。
また、海の送り火としては「灯篭流し」が全国的に行われる。

日本の死者にとって、お盆は特別な時期なのだろう。
時代は変わっても、お盆に殺生をしてはいけない、海に行ってはいけないといった言い伝えは、無下にするべきではないのかもしれない。
余談ではあるが、筆者も先日、ある看護師に取材した際、「なぜかお盆は亡くなる方が多い。そのため、お盆の時期は待機する看護師の数を増やしている」と聞いた。
お盆は死者が手招きする時期なのかもしれない。

伊豆大島の釣宿での怪異(東京都伊豆大島)

都内からジェット船で2時間半ほど行くと、伊豆大島に着く。
車があれば1時間もかからずに一周できてしまうようなこじんまりとしたこの島は、周囲を三原山の噴火によってできた溶岩に囲まれ、どこに行っても磯釣りを楽しめる。しかも、房総半島とは比べ物にならないほど魚影が濃いため、筆者のような典型的な「ヘタの横好き」の釣り師でも、そこそこのサイズの魚が釣れる(釣り歴5年/大変に下手)。
都内に暮らす釣りファンの聖地とも言える、この伊豆大島でも怪異を体験した釣り師がいる。

伊豆半島をホームグラウンドに釣りを続ける佐藤祐太氏の体験が、「釣り人は見た 水辺の階段 最恐伝説」に掲載されている。
佐藤氏と会社の上司は、連れ立って伊豆大島へと釣行に向かった。
狙うのは40センチクラスのオナガメジナだ。
東京や伊豆半島から伊豆大島へと向かう船は、現在では島の北東に位置する岡田港へ着岸することが多いが、以前は北西にある元町港が島のメインポートだった。
佐藤氏たちが降り立ったのも、この元町港だった。

伊豆大島で釣れる「メジナ」

僕たちは大島の元町港に着くや、一路、差木地という町にある赤岩という磯を目指した。
伊豆大島の差木地といえば「リング」「らせん」でおなじみ貞子の出身地。
そんな話を得意げに支店長(※注:上司のこと)に話すも、ダンディーなエリートは釣りのことしか頭にないようで、生返事を繰り返すばかりだった。

「釣り人は見た 水辺の階段 最恐伝説」

赤岩は島の真南にある。元町港からは車で30分とかからない。
現在はかつてほどの人気はないが、以前は伊豆大島で一二を争う人気を誇った磯で、61キロの大マグロが上がったこともある。
ウキ釣りで40センチ超えのメジナは当たり前。マダイはもちろん、季節によっては青物まで、伊豆大島で釣れる魚は全部釣れると言われたほどの名磯だ。
2018年頃、筆者も一度赤岩を目指して場所を探してみたことがあるが、道がわからず断念している。
伊豆大島は南側は人も店も少なく、もの寂しい雰囲気なのは今も変わらない。
「リング」で知られる貞子の出身地にふさわしい場所と言ってもいい。

伊豆大島の地磯のイメージ

存分に釣りを楽しんだふたりは、予約していた釣り宿に向かった。
釣った魚をさばいてくれ、刺し身で出してくれる。
ふたりは動けなくなるまで飲み食いしたあと、疲れて部屋で眠り込む。

「あーっ、あーっ」
遠くで奇声が聞こえた。
「あーっ、あーっ」
なんだろうかと考えていると、その奇声は僕のすぐ横で発せられていることに気付いた。
部屋の明かりはつけっぱなしだった。
奇声のするほうへ目をやると、支店長が苦しそうに体をくねらせている。
(中略)
「あーっ、あーっ、ウォーーーーーーーッ!」
奇声が絶叫に変わった。支店長が白目を剥いた。ただごとではない。

「釣り人は見た 水辺の階段 最恐伝説」

時刻は午前2時。上司は金縛りに遭っていた。
もう寝る気がしないと、そのまま釣り支度を始め、「早めに釣り場に入ろうぜ」と懇願するように話す。
佐藤氏も準備を整え部屋を出ると、向かいのドアが開いている。
なぜか気になりその部屋のドアを開けて中を覗いてみると、2畳ほどの書斎らしき部屋の四方の壁に、長さ30センチほどの木札がびっしりと貼られている。
木札にはお経のような文字が筆で書かれていたという。
後に、佐藤氏は上司に「あの日になにがあったのか」と聞いている。

あの晩、支店長は霊に馬乗りにされ首を絞められていたという。
霊は白装束に身を包んだ長い黒髪の若い女で、顔の片側は黒髪に覆われ、片方の切れ長の目が大きく見開かれ、真っ赤に充血していた。
顔は白いと言うより緑色に近く、絞り出すような声で呪詛の言葉を繰り返す口もとはきつく結ばれている。
これほど憎悪に満ちた恐ろしい形相の霊を見たのは初めてだったという。

「釣り人は見た 水辺の階段 最恐伝説」

上司は伊豆大島から帰ってからも、しばしば同じ霊に襲われるようになり、お祓いを済ませてきたという。
釣り宿は代々受け継がれて運営されているケースが多い。
古い歴史のある建物(ボロく汚いとも言う)では、過去にさまざまなことがあっても不思議ではない。

断崖絶壁の三段壁での怪異(和歌山県西牟婁郡)

ルアーメーカー「ガンクラフト」の代表を務めるルアーマン、平岩孝典氏の体験も掲載されている。
和歌山県南紀地方の観光地、南紀白浜。風光明媚な土地として知られるこの場所は、夏はマリンレジャー、冬は温泉旅行と既設を問わず人気を集めている。
釣りファンにとっても、磯場は水深があり潮通しも良く魚影も濃いと、たまらないフィールドだ。
これらが「明」の側面だとすると、南紀白浜には「暗」の側面もある。
源平合戦に参加したことでも知られる熊野水軍が船を隠した場所と伝えられる洞窟のある「三段壁」は、高さ約50メートルの断崖絶壁になっている。
この場所が、自殺の名所となっているのだ。

三段壁の磯に行くには50メートルはある松林を通り抜けていかなければならないのだが、この松林も首吊の多いところとして知られている。
(中略)
私自身は、何度もそのポイントに釣りに行ったが、そのようなもの(注:幽霊の類)を1度も目撃したことがなく、また、心霊現象自体を信じていなかった。
むしろ、入りたいポイントの上から白いティッシュをフワフワと落とすと、ビビった釣り人が釣り座を空けてくれるという裏ワザを駆使していたほどだ。

「釣り人は見た 水辺の階段 最恐伝説」

春先のある日の晩、平岩氏は友人とアオリイカを釣りに三段壁近くの磯へと向かった。
釣り場までは例の松林を抜けなければならないが、特に意に介さない。
それよりも、高さ20メートルほどの危険な断崖絶壁をロープを使って降り、釣座に入ることに神経を集中させていた。
無事ポイントに入り釣りを始める。
平岩氏は潮が早く流れる岬のポイントに。友人は塩が緩くなる少し離れたポイントにと、分かれて釣りを始めた。
平岩氏の竿に幸先よくアオリイカがヒットした。
これは爆釣か? と思いきや、それきりアタリが止まってしまう。
なんとはなしに周囲を見回すと、自分と友人以外、他の釣り人がいないことに気がついた。

何かおかしな雰囲気だった。
また、なんとはなしに先ほど降りてきた背後の断崖絶壁を見ると、白い人影が見えた。
しかし私は、釣り人が来たのだと思い、そのまま釣りを続けた。
しかし、しばらく経っても白い人影の主は姿を現さない。
変だなあと思った瞬間、背後から突然「釣れますかぁ……」という女性の声がするではないか。
驚きのあまり一瞬動けなくなり寒気が駆け巡る。
恐る恐る振り向くと、白い服を着た髪の長い女の人が立っている。
呆然とした私は恐怖のあまり「釣・れ・ま・せ・ん」とカタコトで答えた。

「釣り人は見た 水辺の階段 最恐伝説」

夜釣りの経験がない方の中には「釣りに興味があるただの女性なのでは」と思う人がいるかもしれない。しかし、それは絶対にあり得ないと言い切れる。
夜の海というのは想像以上に真っ暗だ。夜釣りをする際には、ヘッドライトが欠かせない。
いかに月明かりがあったとしても、磯場の足元はライトなしでは不安定で歩けない。
平岩氏が背後に迫る足跡に気がついていないのも、普通の人間ではないことを裏付けている。
磯場を歩く際には、スパイクシューズという専用の磯靴を履かなければ歩けない。
スパイクシューズの靴底には、その名の通り小さなスパイク(ビスのようなもの)が打たれており、その靴で岩の上を歩けば、「ガシュガシュ」という大きなノイズが発生する。
さらにこのポイントは約20メートルもの断崖絶壁をロープを伝って降りなければたどり着けない場所だ。
月に1回のペースで夜釣りに出向く筆者は、この際に平岩氏がどれほど驚いたか、手に取るように分かる。

夜の磯場に専門の装備を持たずに入ることは極めて難しい

私はすぐに友人の携帯に電話し「すぐに帰ろう、とにかく帰るぞ」とまくし立てた。
(中略)
「何かあったんかぁ!」と聞く友人に事情を話すと、「俺は見なかったよ」とのこと。あの一本道でそれもありえない話だ。
(中略)
今考えても、あの女の人が幽霊だったのか、それとも自殺志願者だったのか分からない。いずれにしても、非常に気持ちの悪い話だ。
地元の釣り人たちによれば、三段壁に夜釣りに行き、明らかに釣り人ではない人とすれ違う時は、絶対に声をかけないことが鉄則であるという。
なぜかというと、幽霊かもしれないし、生きている人間であったとしても、自分が死ぬ前の最期の話し相手になってしまうからだ。

「釣り人は見た 水辺の階段 最恐伝説」

海辺は危険と隣り合わせだ。
その危険は、物理的な危険とは限らない。
いつ何時、この世のものならざる存在に出会っても不思議ではない。
皆さんもよくよくご注意を。