セーマンドーマン

「呪い」は実在するか? 水死体が証明した呪いの効力


験担ぎのために財布にお守りを入れている人は多いだろう。運気アップのお守りや御札は、日常生活にちょっとした勇気を与えてくれる。その一方で、人を呪い殺す呪術も古来から数多く伝わっている。この「呪い」の秘術に、果たして効果はあるのか? 1992年に実際に起こったある事件を元に見てみよう。

▼目次
事故か、他殺か。それとも自殺か
持っていた呪符の「正体」

事故か、他殺か。それとも自殺か

1992年5月、N県の海岸に男の水死体が打ち上げられた。
所持品から身元は簡単に割り出され、あとは事故か事件かを調べれば良い、簡単な案件に思われたこの一件だったが、捜査の結果、奇妙な結末を迎えることになる。

死体の男は、N県で小さな土木会社を経営していたK(57歳)と判明する。
検死の結果、水死であることは分かったが、事故か他殺かまではわからなかった。県警は事故・他殺の両面から捜査を開始した。

Kが身につけていた財布からは、数種類の呪符が見つかった。
捜査を担当した刑事たちは、単なる験担ぎ、お守りみたいなものだろうと特に気にはしなかったが、後にこの呪符が重要なキーアイテムになる。

捜査の結果、Kが経営していた土木会社は極度の経営不振で、いつ潰れても不思議ではない状況に陥っていた。
Kは生前、冗談ともつかない顔つきで「もうこの状況を抜け出すためには、誰かにオレを殺してもらって、保険金で埋め合わせるしかない」と、親しい友人にこぼしていたことも分かった。

それまで、事故または他殺の線で捜査していた刑事たちは、自殺の可能性も視野に入れて捜査を続けることにした。
自殺の線で操作を進めた結果、それまで気にならなかった「呪符」に、何らかの意味があるのではないかと思い至った。

持っていた呪符の「正体」

呪符のコピーを持ち、神社の宮司に当たったところ、簡単に手がかりは見つかった。
Kが財布に入れていた呪符は4種類。
そのうちの2種類は、セーマン、ドーマンの符と呼ばれるものだった。
セーマンは、伝説の陰陽師、安倍晴明が考案した魔除けの呪符とされ「晴明桔梗印」と言われる、安倍家の家紋・五芒星が書かれた呪符だ。
ドーマンは、いわゆる「九字」もしくは「早九字」を格子状の呪符にしたもので、蘆屋道満が作ったものとされる。セーマンと同じく、魔除けの効能を持つ。

セーマンドーマン
セーマン(左)とドーマン(右)

お守り代わりにセーマンドーマンの符を身に着けていることになんの不思議もない。問題は残りの2種類の呪符だった。

1枚は「苗族放草鬼呪符」と呼ばれるものである。この呪符は中国南西部の苗族に伝わる秘術とされ、蠱毒である放草鬼を使役する呪法で使われる呪符であることが分かった。
蠱毒とは、壺に入れた複数の毒虫を争わせ、最後に残った一匹の毒を使って特定の人間を呪う法を指し、7世紀に著された歴史書「隋書」のなかに、すでにその方法が記載されている、古来から伝わる術の一つだ。
この呪法は、呪詛する相手に苦痛を与え、死に至らしめる目的で施される。

もう1枚の呪符は「真言呪詛返秘咒」と呼ばれるもので、魔除け・呪詛除けの霊験がある。
特に重要なのは、呪いを仕掛けてきた相手にその呪いを打ち返す効能も持っている点だ。
Kは、蠱毒を自身に受ける符である「苗族放草鬼呪符」と、その蠱毒を打ち返す「真言呪詛返秘咒」、相反する2種類の呪符を身に着けていたことになる。

宮司の説明を受けて、現場の刑事たちはさらに混乱した。
正反対の霊験を持つ呪符と合わせて、魔除けのためのセーマンドーマンの符も身につけていた。これにはどのような意味が隠されているのか。

捜査チームは推理した。
Kは誰かを恨んでいた。
術師に依頼して、恨んでいる相手に呪いをかけたが、何らかの理由で呪ったはずの相手もまた、Kに呪術を施していることが分かった。
Kがその相手を問い詰めた結果争いとなり、Kは海に突き落とされた。

この推理が当たっているならば、Kが依頼した術師がいるはずだ。
その術師に「誰を呪ってくれと頼まれたのか」を聞けば、Kが恨んでいた相手の正体がわかる。
呪うべき相手の名前を知らずに、呪いを掛けられるはずがない。

刑事たちはKが依頼したであろう、術師を探して回った。
彼らは、土地の霊能者たちに直接聴き込むのではなく、困りごとがあった際に霊能者や術師に依頼する、依頼者たちをターゲットに聞き込みを行った。
霊能者や術師に直接「あなたは人を殺すための秘術を依頼されて施すことはありますか?」と尋ねたところで、しらを切るに決まっているからだ。

死体発見から1ヵ月が過ぎた。
刑事たちは、あるオカルトマニアから、県内に「人殺しの呪術を引き受ける術師がいる」との情報を得ていた。

刑事はその術師の元を尋ね、Kについて話を聞いた。
驚くことに、その術師はKから依頼を受けたこと、そしてK本人に「苗族放草鬼呪法」を仕掛けたことを認めた。

その術師が語るには、「Kから呪術合戦を頼まれた」という。
Kは自身に蠱毒の秘術を頼むと同時に、別の術師にその呪いを打ち返す「真言呪詛返秘咒」を依頼したのだという。
果たしてどちらの呪力が強いのか、Kは自らの命をかけて勝負を行った。
その見返りとして、術師ふたりを受取人にした、死亡時の受取額2000万円の生命保険に加入しており、その保険証書は術師の手元にあるという。

刑事たちにはKの心理がわからなかった。
倒産を目前にして、K本人にも自身がなにをしているのかわからないほど、混乱していたのかもしれない。

結果、Kの死は事故死として処理された。
Kは、自らの死をもって目的を達成していた。
4億円強の死亡保険金は、妻と子に支払われ、借金は全額返済された。
この世に呪いは存在するのか、その実験にも成功した。
誰も裁かれることなく、この奇妙な事件は幕を閉じた。

それでも気になることはある。
蠱毒の秘術が何一つ効果がなかった場合はどうするつもりだったのか。
……それでも、自ら死を選んだだろう。
すべてはKの計画通りにシナリオは完結した。

参考資料:「本当にあった呪いの話」三木孝祐著