2000年の騒霊騒動

騒々しい霊魂たち「ポルターガイスト現象の謎」


ドイツ語で「騒々しい:poltern」「幽霊:geist」、この二つの単語を組み合わせると「ポルターガイスト」となる。
「騒霊」とも訳されるこの心霊現象の特徴は、その名の通り騒がしいこと。
ものが空中を舞う、ドアが勝手に開閉する、水たまりが突然現れる……いずれも平和に暮らす一般市民にとっては、まったく迷惑極まりない現象だ。

▼目次

ポルターガイストとはなにか
世界のポルターガイスト
日本のポルターガイスト

1.ポルターガイストとはなにか

ポルターガイストのもっとも古い記述は、9世紀に著された「フルダ年代記」にあるとされる。
「フルダ年代記」とは、東フランク王国の年代記で、ルートヴィヒ1世(敬虔王)の最後の年(840年)から、900年におけるルートヴィヒ4世(幼童王)の登位とともに実質的に終わる東フランクにおけるカロリング朝の支配時代を独自に記述したものだ。

西暦858年、ライン川沿いのドイツのビンゲンの農家で、人々を震撼させる出来事が起こっている。
悪霊が石を投げ、まるで人間がハンマーで叩くように壁を打ち鳴らす。
まさにポルターガイストでよく見られる現象が記されている。
多くのポルターガイストの例に見られるように、ビンゲンのケースでも小さな火災が起きている。
取り入れが済んだばかりの収穫物に、何処からともなく火が尽きボヤを起こしたと伝えられている。
悪魔の仕業と恐れおののいた人々は、マインツ司教区に僧侶の派遣を依頼、悪魔祓いの儀式が執り行われたが失敗している。
往年の名作、映画「ポルターガイスト」でも知られる通り、悪魔払いの儀式でポルターガイストを退散させるのはまず不可能だと言われている。

1882年に心霊現象研究協会が組織されてから、ポルターガイスト現象の研究は一気に進むことになる。
心霊現象研究協会は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジの心霊主義に関心のあった3人の学寮長によって設立された。
研究の結果、ポルターガイスト現象が起こった大半のケースで、年頃の子どもが家の中にいることが分かった。どうやら、子どもがその騒がしい現象の「原因」ではないか、という結論に至っている。
一方、フロイトの時代には、思春期の性的エネルギーによる無意識の発散という考え方が一般にひろく流布された。
しかし、現在に至るまで、この現象の本当の原因解明には至っていない。

心霊現象研究協会初代会長ヘンリー・シジウィック

2.世界のポルターガイスト

1661年3月、イングランド南部のウィルトシャー州テッドワースで地方判事として暮らしていた、ジョン・モンペソン宅で事件は突如起こった。
まるでドラムを叩いているかのような大きな騒音が、夜を徹して家全体にとどろき出したのだ。
この事件が起きだす前、判事であったモンペソンは、ひとりの無頼漢をひっ捕らえている。
彼の名はウィリアム・ドールリー。
ドールリーは公道でひと目もはばからずドラムを叩いて騒ぎ、人々の注目を浴びようとしていた。
逮捕したモンペソンは、ドールリーのドラムを没収し、自宅に保管している。
捕まったドールリーは、文書偽造の容疑で留置所に入れられたが、まんまと脱走している。
しかし、没収されたドラムはそのままだった。
モンペソンの家で、おかしな出来事が起こり出したのは、この後である。

騒がしい幽霊は、したい放題暴れまわった。
ドアをバタバタと開閉する。
犬のような「ぜえぜえ」という呼吸音をいたるところで発する。
ネズミが壁を引っ掻いたような大きな音を出す。
年老いた猫のような気味の悪い鳴き声を立てる。
「おばけだ! おばけが出た!」と、はっきりと声に出して騒ぐことすらある。
灰やおまるに溜まった排泄物を室内に撒き散らす。
室内にあるあらゆるモノを空中に吹き飛ばす。
これらの現象は2年にわたって続いたという。
1663年、今度は豚を盗んだ容疑で監獄に入っていたドールリーはこううそぶいた。
「あの騒ぎの原因はオレ様さ。モンペソンが没収したドラムのことで、オレ様を満足させるまで、忌々しい出来事はこれからも続くだろうよ」
しかし、この現象はある日、ぷっつりと途絶えた。

アメリカでのもっとも有名なポルターガイストの事例は、1817年にテネシー州で起こっている。
ジョン・ベルという農夫の家で起こったこの騒動は、「ベルの家の幽霊」として記録に残された。

ベルには9人の子どもがいた。
そのうちのベッツィーという12歳の女の子がこの現象の中心となった。
騒ぎは突然始まった。
壁を引っかく音。
ノックの音。
見えない手がベッドをからシーツを引っ張っていく。
息が詰まったようなこもった声が突然聞こえる。
石が飛んでくる。
家具が勝手に動く。
ベッツィーの頬は、このいたずらな「騒霊」によっていきなり引っ叩かれる。
髪の毛も引っ張られる。

小さな騒ぎを頻繁に起こした後、ベルの家に棲み着いた騒霊は、奇妙な声を発するようになる。
「オレはクロンボの匂いが嫌いなんだ」
ポルターガイスト現象が起こったあとは、決まってベッツィーは疲れ果てていた。
まるで、騒霊現象に自らのエネルギーを使っているかのように見えた。

やがて攻撃の対象はベッツィーからジョン・ベルへと移る。
ベルの顎は突如硬直した。
舌も膨れ上がった。

この時期には、ポルターガイストははっきりと主張をするようになっていた。
霊は自らを「インディアンだ」と名乗った。
さらには、声色が変わって「妖婆ケイト・バッツだ」とも名乗った。
彼(彼女?)は、「ジョン・ベルが死ぬまでいじめ続ける」と宣言し、その宣言は実行に移された。

ベルの靴を無理やり脱がせる。
顔をなぐる。
激しい痙攣を起こさせる。
これら、肉体への攻撃が昼夜を分かたず続いた後、1820年のある日、彼は意識を失う。
妖婆ケイト・バッツは「致死量の毒物を『老ジャック』に飲ませてやった」と、どこからともなく語った。
その言葉通り、ベルは亡くなった。
ベルの死を知った妖婆は、家中に勝利の雄叫びを響き渡らせた。
以後、騒ぎは収まっていった。

翌1821年のある日、家族が夕食を食べていると、煙突上部で大きな音がした。
驚いていると、砲弾ほどの大きさの物体が暖炉から転がり出てきた。その物体は妖婆の声で突然叫び始めた。
「ここから出ていく! 7年間は帰ってこないからな!」
しかし、7年経っても結局妖婆は帰ってくることはなかった。

後年、ポルターガイストの研究科として知られたナンダー・フォダーは、このベル家の1件について次のような説明を試みている。
ジョン・ベルは娘のベッツィーに性的ないたずらを行っていた。
ポルターガイスト現象は、何らかの形で人格から遊離した「人格の断片」が引き起こしている、と。
しかし、フォダーはこれらの主張に対して、具体的な証拠を示しているわけではない。

ポルターガイスト
映画「ポルターガイスト」においても、現象と少女との関連性が物語の主題となっている

3.日本のポルターガイスト

日本でも同様の事例は数多く報告されている。
たとえば、1747年(寛保から延享年間)に江戸で起こった騒動が、1839年(天保10年)に出版された「古今雑談思出草紙」(東随舎著)に残っている。

現在の裁判所書記官にあたる「評定所書役」を務めていた大竹栄蔵が幼少のころ、父親が池尻村(現在の東京都世田谷区池尻)の娘を下働きに雇ったところ、不思議な現象が起こり始めた。
天井の上に大きな石が落ちたようなものすごい音がする。
行灯がふいに舞い上がる。
茶碗や皿などの食器が飛んだり、隣の部屋に突然移動する。
これらの現象は次第にエスカレートし、ある日には、雇った男が台所の庭で石臼を使って玄米を精米している際、やれやれと一服している間に、石臼が垣根を飛び越え、座敷の庭へと移動していた。

栄蔵の父は、連日起こるこれらの怪音に困り果てていたが、ある老人が怪現象のことを聞きつけて大竹家を訪ね、もしも池尻村の娘を雇っているなら村へ帰したほうがいい、と助言。それに従ったところ怪現象が止まった、とされている。

1818〜1829年(文政年間)に書かれた「遊歴雑記」にも似たような記述がある。
ある与力が池袋村(現在の東京都豊島区池袋)出身の娘を下働きに雇い入れたところ、家の中に石が降ったり、戸棚の中の皿・椀・鉢などがひとりでに外へ飛び出してこなごなに壊れたり、火鉢がひっくり返って灰かぐらになった釜の蓋が宙へ浮き上がるなどの現象が起きた、といった記述があるとされている。
どちらの例でも、若い娘を下働きに雇い入れたことから怪異が始まっている。
これは、ほぼ同時代に海外で研究が進み、導き出された「怪異には子どもがつきもの」という研究結果と不思議と符合する。


驚くことに、2000年に至っても、ポルターガイスト現象が報告されている。
2000年の秋、岐阜県富加町(とみかちょう)の4階建て町営マンションで怪現象が発生していると、新聞・テレビ・週刊誌などのメディアが大々的に報じた。
壁の中から「バンッバンッ」という音がしたり、食器棚の扉が突然開いて中のコップが飛び出すといった現象がマンション内の各部屋で頻発。まさに現代のポルターガイスト現象だと騒ぎになった。

騒ぎとなった4階建ての町営マンションは、1998年に完成、24世帯が入居している。
見た目は白い壁のごく一般的なマンションだ。
周囲には田んぼが広がるのどかな風景が広がり、おどろおどろしい雰囲気は一切ない。
しかし、このマンションでは、完成直後から住民たちの間で「壁の中から音がする」という奇妙なうわさが広がっている。

2000年夏ごろには、音だけではなく騒動の種類も多様化している。
水道から水が勝手に出る。
テレビのチャンネルが勝手に変わる。
コンセントに差していないドライヤーが突然動く。
ポルターガイスト現象の典型例とも言える騒ぎが巻き起こっている。

事態を重く見た住民たちは、神主を呼び祈祷を行うことにした。
その際、新築の町営マンションで怪奇現象が起きていることを理由に住民たちは、富加町に祈祷費の支払いを求めたものの、政教分離の原則に反するという理由で断られてしまっている。
しかし、一刻も早く騒動を終結させたいと願う住民たちは、自分たちで費用を折半し祈祷を行った。

富加町と住民たちの祈祷費をめぐる問題などもあり、このころから一般紙やテレビニュースなども含めたメディアによる報道合戦が繰り広げられるようになった。

祈祷の結果、騒ぎは収まるかに思われたが、その後も断続的にポルターガイスト現象は続いている。
画びょうがはじけ飛ぶように勝手に抜ける。
深夜、スリッパをはいたようなパタパタという足音が部屋中に響き渡る。
外から空き缶が飛んでくる。
ガスコンロの火が勝手につく。

ワイドショーなどは面白おかしく自称・霊能者たちを引き連れ検証を行うなどしていたが、結局原因はつかめないまま、時間だけが過ぎていった。
これらの騒動は、2002年頃まで続き、やがて収まっていったという。

件の町営マンションは、現在も同じ場所に存在している。
怪現象が収まったマンションは、富加町役場のホームページで現在も入居者募集情報が掲載されている。

現在も残る「古今雑談思出草紙」(東随舎著)実物の表紙。本書内に池尻での怪異が記されている