イギリスの小さな町、ヘレスドンで奇妙な騒動が巻き起こっている。感染症を象徴する風体をして町中を2週間にわたって徘徊する男が現れ、住民たちを恐怖のどん底に陥れている。
出典:BBC NEWS
ペスト医師が奇妙なマスクを身に着けた理由
イギリスの人口約1万人の小さな町、ヘレスドンで「新型コロナウイルスの使者」が現れ、住民を恐怖のどん底に陥れている。
現れたのは、17世紀にパンデミックを引き起こした流行病、ペストの治療に挑んだ医師らが付けていた、くちばし状のマスクを付けて町内をぶらついている男。
漆黒の衣装に身を包み、巨大な鳥のようなマスクを付けた男の姿は、不気味この上ない。
ペストはかつて、世界でもっとも恐れられていた病気だった。
感染の原因も感染が広がる理由も、当時の医学では突き止めることができず、みるみるうちに患者数は激増。
パンデミックが発生し、世界中で何億人もの人々が亡くなっている。
ペストが原因で亡くなった人々は、リンパ節が腫れあがって痛み、皮膚が黒ずむなど、悲惨な症状に苦しめられた。
17世紀のヨーロッパでペストの治療にあたった医師たちが身につけていた、この独特のマスク。彼らはなぜこのような格好をしていたのだろうか。恐ろしい病気の本質を理解できていなかったことがその理由だった。
何世紀にもわたってヨーロッパでペストは大流行を繰り返す。
貧しい者にも公平に治療がほどこされるよう、ペストに襲われた町では専門家の「ペスト医師」を雇うようになった。
彼らは当時、予防薬やペストの解毒薬と信じられていたものを処方したり、遺言に立ち会ったり、亡くなった人々の検死も行なっている。
その際に、クチバシ付きのマスクを着用する専門医が現れた。
このマスクは、17世紀のフランスの医師シャルル・ド・ロルムが開発したと言われている。
彼はフランス国王ルイ13世をはじめ、多くのヨーロッパの王族を治療した医師として知られている。
ド・ロルムは、その著作の中で、ペストの治療を行なう際に必要な装備について書き残している。
・香辛料入りのワックスを塗ったコート
・ブーツとつながる丈が短めのズボン(シャツのすそをズボンの中に入れる)
・ヤギ革製の帽子
・手袋を身に着ける
・患者との直接の接触を避けるための杖
なかでも、とりわけ異彩を放っているのがマスクだ。
マスクの鼻は、「長さ15センチのクチバシのような形で、中に香辛料を入れていた。穴は鼻孔近くの左右に1箇所ずつの2つしかなかったが、呼吸をするのには十分だった。クチバシに仕込んだ香辛料の香りを、吸い込む空気にまとわせることができた」と書き記している。
当時の医師たちは、感染症は「悪い空気」が原因で感染すると考えていた。
その悪い空気は、大量の香辛料を使って濾過すれば浄化されると考え、香辛料をマスク内に保管するために、あのような特異な形状になったと考えられている。
ヘレスドンに現れた「新型コロナウイルスの使者」は、2週間ほぼ毎日ペスト医師の服装を身に着け、町内をうろついていると見られる。
その姿は住民たちのSNSで頻繁に公開されている。
住民からは「子どもたちが怖がってしまうからやめてほしい」との声が上がる一方で、「別に違法ではないしょう。むしろ、今着れないならいつ着るんだい?」「たしかに奇妙な格好ではああるけど、害があるわけではないし気にしてないよ」といった、擁護する声も上がっている。
イースト・アングリア大学のダニー・バック氏はこう語る。
「たしかにスマートな服装ではある。だけど、17世紀の医師たちは、命を顧みずに患者を治療しに行った勇敢な人たちだったことを忘れてほしくないんだ」
現地の警察当局は「彼に少しアドバイスがしたい」と、その行方を探している。